2010年5月4日火曜日

スフィンクスと侍たち

すっごい!と思う写真がある。どう考えてもこれはすっごい!と思う写真がある。何か著作権とかどうこうなっているのか知らないので、写真のアップは控えるけれども、その写真は1864年に撮影された。まだ日本に明治維新という革命が起こる前のこと。江戸幕府は欧州へ使節を派遣した(遣欧使節)。その際にエジプトにも立ち寄り、使節一行34名(だったかな?)揃ってパシャリ、というわけだ。僕がこの写真について持っている知識は、これっぽっちだ。どういう状況で撮影されたのかという詳細も、誰と誰が写っているのかはもちろん、どんな身分の人が写っているのかさえも知らない。もちろん、機会があれば知りたいとは思っているが。

ゴタク並べるのはこれくらいにして、と。

この写真は、どでかいスフィンクスの横顔をバックに、笠をかぶって羽織に袴、太刀を腰に差した侍たちがズラリと並んでいる。まずこのとてつもないアンバランスに、吹き出しそうになる。だが、ズラリ、というのは当たらない。そこまで整然と並んでいるわけでもない。顔を見合わせて会話している風情もうかがえるし、なぜか列から離れている人や、こともあろうにスフィンクスによじのぼっちゃっているお侍までいる。何かわけがあるのか、別に記念撮影というようなものでもなかったのか。このミステリー感にもまた、グッとくる。
しかししかし、こんなのはオマケに過ぎない。一番切実に思うのは、このスフィンクスを初めて目にした侍たちが、どんな感慨を持っただろうか、ということだ。僕はそれを思うたびに、微笑ましく感じたり、泣きそうになったり、まったく忙しい。うまく言葉にはできないけど、あの侍たちが敏感な、柔軟な心を持った人たちだったならば、激しく心を揺さぶられたに違いない。だがここで気をつけなければならばいことは、侍たちが黒船をみたり、産業革命を目の当たりにしたりするのと、この写真のようにスフィンクスを見るということは、根本的に意味が違う、ということだ。黒船や産業革命ならば、「あんなものを作りたい!」「俺たちにだってできるはずだ!」という進歩への思いを抱くことができる。対して、スフィンクスには、この侍たちは接近のしようがない。いくらすごいと思ったって、スフィンクス作りを目標にするわけにはいかないのだ。この巨大な石造物は、日本とはまったく異質なものなのだ。
今までまったく考えもしなかった、そんなものに出会ったときの感動を、我々は想像することができるだろうか。僕にはできない。つまるところ、そういうことだ。なんか、どでかいものを感じることができる。この写真からは。どでかい、果てしない何かを。そして、そんな思いを大切にしたい、と思う。まとめが具体性に欠けるので、続きはまた書きたいと思う。

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