2010年5月2日日曜日

働く

昨夜、四月から就職した友達が、GWで福岡にもどってきていて、彼らを囲んでの盛大な飲み会となった。こちとら22にもなって、まだまだ親のスネをかじりたおしている身分にて、自分の仕事で生活している彼らは、どうしたって大きく見えてしまうもの。
尊敬
感嘆
羨望
様々な感情がいそがしく脳内をかけめぐるのを尻目に、食って飲んで、口角泡を飛ばしてしゃべりちらし、大口あけて笑いころげ、それは楽しい夜だった。自分もはやく、あいつらみたいに立派にならなきゃ、そう思うのが妥当なところだが、この私のあまのじゃく、どうしようもなく。へんっ、働くってのがそんなにいいことかい?そんなに偉いことかい?なーんてヘソを曲げてしまうんであります。
馬鹿野郎!働くのは尊いことだ。この上なく尊いことなんだよ!そういう価値観を、今まで教え込まれてきた。事実、立派に日々の仕事をこなす彼らを前に、しきりに感心している人もいる。そんな中で、どこか冷めた頭の自分がいた。
近々の問題でいえば、俺は、知りたいことが多すぎる。あれも知りたい、これも知りたい、あれはどーなってんの?それとこれとはどーゆー関係で?で、あの人が考えてたのはつまりそういうこと?
つまるところ、本当のことは何?もしそんなものがないんなら、ないということを知れればいい。本当のことはなに?そう、真理とは?真理とは、真理がないということ?
俺は、働きたくない!とは言わない。より正確には、言えない。でももっと正確には、俺は、別に働かなくたっていい。ただ、本当のことを知れれば。また、俺は働きたい!とは思わない。より正確には、思いたくない。でももっと正確には、俺は、別に働いてもいい。それで、本当のことを知れるのなら。
ただ、本当のことを知りたい。余分なことを考えたくない。この眼を澄ませておきたい。この心を透明であらせたい。それは、自分という存在を、限りない安定状態に導いてゆくことに他ならぬ。
そういう問答なり、議論なり、自分の中に住むたくさんの自分がおおいにやっていく。そうして暫定的であれ、何らかの結論を共有したような状態。せめてそんな状態にならないと、その先のことは考えらんないなぁ、と。
馬鹿でしょうね、愚か者でしょうね、わたくし。甘ったれでしょうね、ゼイタクでしょうね、わたくし。そんなん、わかっとうっちゃん。一番手っ取り早いのは、そんな自分をブッ倒すことかもしれません。

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